こんにちは。大久保インターネット商店街です。新しい年になって、1ヶ月たちますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
■ 習志野の風景 習志野市で地平線からの初日の出が見らる神社はおそらく藤崎の子安神社だけではないでしょうか。

(2007.01.01) 子安神社と森林公園の間は広大な畑で、しかも台地の上ですので遮るもの無し。ミゴトな初日の出を拝む事が出来ます。 |

拝殿し今年の無事を祈念して、お札やお守りも藤崎の氏子の方々から売ってます。
焚き火を、ガンガン焚いてますから、寒いことははありません。
甘酒や、お酒は無料でいただけますから、体の中からも温まります。
温まったところで、歩いて5分ほどの富士塚に初登頂に行きません?
その広い台地の中に堀込貝塚が在り、貝殻がたくさん有る上に富士塚が立っています。堀込貝塚は貴重な習志野市の文化遺跡です。元旦早々、縄文の昔をしのぶのも楽しいです。 |
大久保まで、足をのばして、誉田八幡神社にお参りに。参道の中ほど階段を上って右手に大きな石碑があります。
陸軍少将栗林忠道書と彫ってあります。
 分かりました?クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」の主人公です。大久保には深いゆかりのある方です。
縄文から、江戸の富士塚、昭和の硫黄島と、散策できました
文・写真 江戸家ぎょうざ・坂井元昭
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■ 大久保からの手紙
映画「硫黄島からの手紙」等で硫黄島が、今話題になっている。 大久保在住の市角与一さん(84歳)は、硫黄島攻撃の数少ない生き残りの一人です。

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昭和20年硫黄島日本軍守備隊全滅後、日本軍は少ない戦力ながらも攻撃を行った。参加したのは、浜松の陸軍重爆撃機隊の重爆撃機5機のみ、それも夜間攻撃でした。
市角さんは、その1機に通信士兼爆撃士として搭乗していました。硫黄島に近付くと、レーダーを避けるため高度5メートルの超低空飛行で突入。当時の重爆で爆装したまま、そんな高度で飛ぶことは自殺行為でした。
しかしその時は成功し、全機帰還した。だがたった5機の爆撃ではほとんど効果がなかったが、日本軍は二次、三次の攻撃隊をだした。しかしもう1機も戻ってこなかった。
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日本陸軍の重爆撃機
作戦らしい作戦はこれまでで、これ以降はすべて特攻機になってしまったとのこと。
特攻機には操縦士しか乗らないから助かった云いつつ、今でも涙ぐんでいる。
写真 文 カフェテラス・ボルツ・市角さん
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| ※ なぜ硫黄島であのような激戦が行われたか・・・解説ページ(作成・写真のまつもと) |
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