クリントイーストウッド監督の硫黄島2作品が話題となっていますが、なぜあのような小島に日米共固執して激戦地となったのか理解しにくいこともあるかと思われます。
1942年のミッドウェー戦以降のアメリカ軍の反攻作戦の方針が、日本軍の占領している太平洋の島々を飛び石のように奪還してゆき、最後に日本本土での決戦ということになったことが、原因のひとつとなっています。(反攻作戦については、フィリピンへの侵攻を先行させるように
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主張した陸軍のマッカーサー将軍の意見など、戦略に対立もあったが、海軍側主導でこの作戦にきまったと伝え聞く。)
軍の集結が多く、作戦被害が多大となりやすい東南アジア、台湾などにあまり主力を割かずにポリネシア、マリアナなどの島々に主力を投入していきました。ガダルカナル島での悲惨な戦闘結果などは、この過程で発生したものです。
第二次大戦における戦闘は、陸上兵力以上に航空兵力が重要になっていました。 |
飛び石作戦を採用したのも、最終的にアメリカが優位にある強力な航空生産力、特に大型の戦略爆撃機があり、最終的には本土爆撃による焦土化で日本を屈服させる意向があったからだと思われます。
アメリカ軍は第二次世界大戦勃発以前から、大型爆撃機を採用(紆余曲折はあったが、四発エンジンで空の要塞と呼ばれたボーイングB17を陸軍爆撃隊が保有していた)し、さらに新型爆撃機の開発をメーカーにさせていた。その成果としてあげられるのが、ボーイングB29戦略爆撃機なのです。 |
| 技術的なことになりますが、B29は現在のジェット旅客機と同じ与圧キャビンという技術で1万メートル以上の高度でも酸素不測の心配や寒さを問題にせず飛行することができ、エンジンに排気タービンという日本やドイツが完成させられなかった技術を、量産エンジンに採用して1万メートル以上でも性能が落ちないという、日本の戦闘機が苦戦するような性能の爆撃機となっていました。飛行できる距離も長くて、単独ならばサイパンから作戦することに無理はありませんでした。 |
ところが、爆撃機の単独作戦では、迎撃側の戦闘機や高射砲の攻撃を回避するために、高高度での爆撃となり、精度が低下して作戦効率が下がります。ヨーロッパ戦線での教訓のひとつに護衛戦闘機があれば、被害を少なくして爆撃効果が上がる中低高度爆撃が出来るということがありました。そこで、戦闘機の作戦行動が可能となるサイパンと日本の間にある飛行場建設に適した島が戦略的にクローズアップされたのです。それが硫黄島なのです。 |
もちろん護衛戦闘機の基地というだけでなく、距離が近ければ燃料の代わりに爆弾の搭載量も増加できますし、戦闘で負傷した爆撃機が帰還しやすいということも、アメリカ軍が硫黄島に注目した理由でもあります。逆に、日本軍にとって、B29の脅威を高めさせないためには、硫黄島を死守することが絶対命題だったのです。
こうした理由から、太平洋の悲劇とも言われる硫黄島の激戦が起こったのです。
文 写真のまつもと |