<ふるさと大久保>

大久保タイムズ第7号
掲載記事(2001.10.30)

□□ 大久保の水は美味しいよ(市営水道) □□

@@大久保に引っ越してきて感じた事の一つに「水が美味しい」という事がありました。
その秘密を探っていくと・・・@@

習志野市営水道には地下水が入っているのをご存知ですか?
現在、市営水道は、水源の約67%を良質な地下水でまかない、残りを江戸川の表流水で補っているそうです。その為注入する薬品の量も少なく、水の味をそこなわないそうです。どうりで、水の味が違うな、夏は冷たくて冬は温かい水だな〜、と感じた訳です。

元々、千葉県北西部は、豊富で良質な地下水に恵まれている土地なんですが、現在、取水井が18本、その中の1本は旧陸軍が昭和9年に掘削した井戸で、現在も稼動しているそうなんですよ。どうして、旧陸軍の井戸が市営水道になったか・・・

その歴史をさかのぼっていくと、明治34年に習志野に騎兵連隊や旅団司令部、陸軍病院など軍の施設が次々に設けられた所から始まります。場所は、今の泉町のあたりになります。
騎兵旅団は、馬に乗って戦う軍隊ですから、その軍馬の為の水や、軍の施設で使用する為の水を確保する為に井戸を掘っていたようです。
昭和に入ってから、戦術も機械化の時代となり、第1騎兵旅団は、昭和17年に戦車連隊へ、第2騎兵旅団は昭和16年に解隊となりました。その跡地は、日本大学、東邦大学、市営住宅になっています。
そして、戦後の昭和24年。国立習志野病院(現・済生会病院)が自家給水の必要から利用中だった旧陸軍の給水施設を大蔵省から借り受け、水道事業が開始されることになりました。

当時の申請書には、「本町は、東京千葉両都市間に在り、交通の便もよく、人口増大の一途で、更に県営住宅の計画もあり、水量豊富水質良好な旧陸軍既設の水道(習志野給水場)が所在するので、地元町民の渇望に応えて公営による普及活用を企図し・・・」とあります。

人口増加に伴い、既存の井戸だけでは枯渇する不安があり、日常生活に不便という事で、公営の水道事業が始まったんですね。
その後、拡張工事を続け、計画給水人口や給水量も増加しました。残念ながら、昭和54年から北千葉広域水道企業団から受水するようになり、100%井戸水ではなくなりましたが、安定した供給が可能となりました。こんな歴史がある大久保の水です。

 

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